シリアで未完の革命と内戦が10年以上続く中、亡命中のシリア人活動家達は世界各地で組織化活動に携わってきた。そして遂に2024年末、バッシャール゠アル‐アサド政権が崩壊し、彼等はようやく帰国し始めることが可能になった。シリア人亡命者が設立を支援したプロジェクトの1つが、The Peoples Wantネットワークである。これは世界中の組織や集団を結ぶネットワークであり、草の根から国際主義を育むことを目指している。以下のインタビューで、The Peoples Wantシリア゠グループの参加者達は、今日のシリアで直面している情況について語り、世界中の水平的な組織化の取り組みを織り合わせることを目的とした1カ月にわたるイベント「ムジャワラ(Mujawara)」キャンペーンにどのように参加するかを説明している。
現在のシリアの政治情勢について、簡単に最新の情況を教えて頂けますか?革命家達や社会運動、その他の民衆闘争を担う人々を取り巻く現地の力学はどのような展開を見せているのでしょうか?また、亡命者やディアスポラ共同体は、こうした動きの中でどのような役割を果たしているのでしょうか?
政権の崩壊により、何百万もの人々が故郷や土地へ戻り、家族が再会を果たしました。人々は村や地域の再建に着手し始めています。町によっては住民が完全に一掃されていたのです。
こうして最初の障壁は取り除かれ、人々は安全に故郷へ帰れるようになったのですが、第2の障壁である経済は依然として残っています。避難した人々の大半は、今も避難所や国外に留まり、帰国することができていません。政府は、アサド政権下で破壊された広大な地域(その多くは極めて貧しい地域でした)の再建よりも、外国投資家の誘致や資源の独占を優先しています。旧政権の残虐行為の痕跡も依然として残っています。人々は集団埋葬地を発見し、強制失踪者の行方を捜索していますが、遺体が見つからないまま死亡証明書だけが見つかることもあります。シリアの人々は依然として正義を待ち続けているのです。
私達は現在、経済的・環境的な危機にも直面しています。物価は極めて高く、賃金は非常に低く、新政権は電気や食料といった生活必需品のコストを、かつてないほど不均衡な形で引き上げました。同時に、長年の旱魃を経て、今年は豪雨や暴風に見舞われ、激しい洪水が発生しました。これにより、デリゾールやラッカなどの地域は小麦の収穫期に打撃を受け、インフラが損壊し、停電や断水が発生しています。
この期間中、新政府内部の勢力や新政府と結託した勢力は、2025年3月にシリア西海岸で、2025年7月にスワイダーで、それぞれ2件の虐殺を犯しました。加害者達はほぼ全く処罰を受けていません。2026年1月には、北東部で新政権とクルド系勢力との間で激しい衝突が起こり、その結果、シリア民主軍(SDF)の大部分がダマスカスの中央政府への統合を強制的に進められました。ダルアー県およびクネイトラ県では、イスラエルによる占領が続き、領土や戦略的拠点の併合が進められています。一部の地域では、直接的な暴力に加え、政治的・経済的な権力乱用を通じて、マイノリティ集団に対する組織的な宗派的圧力が加えられています。例えば、女性の拉致や、異なる民族・宗教集団間で頻繁に発生する衝突(政府軍の加担の有無にかかわらず)などです。
とはいえ、何を差し置いても、政権の崩壊は一定の集団的組織化の余地を開きました。これまで地下で活動していた人々が表舞台で活動を始め、非公式に活動していた集団は更なる組織化を図ろうとし、地域レベルで活動する人々は全国各地の他の取り組みと連携しようとしています。独立系ジャーナリスト組合・農業協同組合・市民による平和イニシアチブ、更には主婦組合といった集団も現れています。これらは革命がもたらした成果です。今日では、頭上にバレル爆弾が落ちてくる心配もなく、路上で抗議行動を行えるようになりました。政府は、ダマスカスでの酒類販売禁止・ホムスでの物議を醸した建設計画・小麦価格を巡る抗議行動を受けて、デモへの懸念から決定を撤回しました。その度に政府は後退し、小規模な民衆の結集さえも恐れていることを示しています。
「農民が飢えれば、国も飢える。」2026年5月22日、ラッカでの小麦価格を巡る抗議活動。
とはいえ、急速に権威主義へと傾きつつある国家に対して革命の成果を守るための持続的な闘いがなければ、この情況は長くは続かないでしょう。新政権は独自の監視・弾圧機構を構築しつつあり、既に恣意的な拘禁・刑務所内での拷問・政治活動の停止を迫る圧力といった事例が見られています。問題は、新政権のネオリベラル的・反動的・権威主義的な傾向に立ち向かえるような反対勢力を構築することが、何故依然として困難なのかという点にあります。政治的余地は確かにありますが、人々が抑圧に抗して組織化することを阻む最大の障害は、新政権そのものというよりは、アイデンティティに基づく国内の分断にあります。
アイデンティティに基づく紛争は極めて根深いものです。この1年間、反対運動は往々にして民族や宗派の境界線に沿って発生してきました。南部ではドゥルーズ派が独立を要求し、北東部ではクルド人がよりクルド民族主義的な構想へと向かい、アラウィー派は分離もしくは自治を求めています。同時に、政府支持者達に見られるスンニ派至上主義は、特定のコミュニティ全体に対する暴力や憎悪を招いています。アラブ系スンニ派を含むあらゆるコミュニティで政府の経済政策に対する怒りが高まっているにもかかわらず、階級に基づく具体的な同盟関係を築くことは依然として困難です。これは新政府にとっては好都合です。本格的な反対勢力から身を守り、秩序を回復できる中心的な調整勢力として位置付けられているのです。
かつての革命陣営内部には深い亀裂が生じています。特に2つの虐殺事件以降、一部の元革命家が虐殺を正当化したり、その凄惨さを軽視しようとしたりしているからです。今日の戦略上の主な論点は、新政府に対し私達が取るべき立場を巡るものです。新政府には多くの元革命家が公職に就き、新たな治安部隊も加わっています。旧体制の抑圧的な論理を再現しているとして新政府に反対する者もいれば、地域的・広域的・世界的に不安定な情況下において、直接的な対立を避けようとする者もいます。
私達は、国家を運営する者達の宗教的イデオロギーのみに焦点を当てた情況認識から距離を取りつつ、可能な限りあらゆる形態の権威主義や新自由主義的政策と闘うべきだと考えています。
政権崩壊後に帰国できた私達にとって、現地の情況を理解するよう努め、国外に逃れなかった人々の声に耳を傾けることが重要です。現地の活動家と亡命から帰国した人々との間で経験を伝達することが鍵となりますが、海外、特に西側諸国に滞在していた人々は、「海外のやり方を現地の人々に教えるべきだ」といったパターナリズム的態度を繰り返してはなりません。
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シリア革命は、ロジャヴァ・パレスチナ・チアパスの闘争に比べ、世界の他の地域の革命家達から充分評価されませんでした。このことから、どのような教訓を得たのでしょうか?また、国際的支援・連帯ネットワークの拡大に注力することが重要だと考えているのは何故なのでしょうか?
シリア革命にそれほど多くの連帯が見られなかったのには、いくつかの理由があります。第一に、クルド人運動・パレスチナ人運動・サパティスタ運動と比べて、シリア革命は新たに生まれた運動だったため、国際的繋がりをゼロから築き上げなければなりませんでした。先ほど挙げた運動は全て、長期間にわたる広範な活動と関係構築を通じて連帯を築いてきたのです。シリア革命の場合、取り組みの多くは2011年以降に始まり、国外に亡命したシリア人やディアスポラによって担われました。国内に残ったシリア人は益々、生き延びることに力を注がざるを得なくなったからです。
シリア革命に対する連帯の欠如を招いたもう1つの要因は、西側諸国とアラブ世界の双方において左派を分断してきた「陣営主義」です。陣営主義とは、あらゆる事象を「反帝国主義」というレンズを通して捉える立場であり、その観点によれば、米国・他の西側諸国・イスラエルこそが唯一の帝国主義的勢力、あるいは少なくとも反対すべき唯一の帝国主義者であるとされます。その結果、陣営主義者達は、ロシア・イラン・ヒズボラ・アサド政権といった、これらの勢力の地政学的競争相手(いわゆる「抵抗軸」)を例外なく擁護するのです。彼等はシリア国民への弾圧を無視したり正当化したりしました。シリア革命への支持を拒否して、代わりに反革命勢力を支援したのです。
更にもう1つの要因として、シリア国外の解放闘争や左翼団体と向き合うための明確な議論や言説が欠如していることが挙げられます。シリアの革命運動は極めて分権化していました。様々な色合いのイスラム主義的潮流が益々存在感を増していたとはいえ、その多くには強固なイデオロギー的基盤がありませんでした。そこから得られる教訓の1つは、「人権」という言葉を掲げる「国際社会」からの支援は当てにできないということです。私達はアサド政権の打倒に留まらず、前向きなプロジェクトを打ち出し、実現したい変化のあり方を明確に示すべきでした。
2026年3月22日、ダマスカスのバーブ゠トゥーマ地区で座り込みに参加したシリア人達。「シリア人は一つだ。差別的な法律で分断するな。
将来の連帯を強化するために、信頼と相互支援に基づく連帯やネットワークを築くには、比較的「平和」な時期の方が往々にして容易です。今こそ、シリア国内外のシリア人が繋がり、関係を深めるべき時です。私達は互いに学ぶべきことが多くあるだけでなく、世界中の人々とも関係を築いていくべきです。私達は、共に活動し、国境を越えた闘いについての知識を深め、リソースを共有し、解放のための共通の闘いにおける主体として互いを認め合うことで、国内の運動を強化し、持続させることができると信じています。
「The Peoples Want」の「ムジャワラ」キャンペーンについて、またそれがシリアで進行中の自主組織化の取り組みとどのように関連しているか、教えて頂けますか?
「ムジャワラ」キャンペーンは、単なる連帯を謳う一般的なスローガンではなく、シリア国内外の現場に既に存在する様々な場と取り組みの間に、繋がりを築こうとする具体的な試みです。その狙いは、自主組織化の精神が息づいている場――住宅・農場・コミュニティセンター・地域評議会・農業プロジェクト、フェミニストや若者の団体など――を探し出し、それらをどのように支援し、そこから学び、他の取り組みと結び付けていけるかを模索することにあります。
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シリアでは非常に具体的な形で活動を始めました。つまり、その場を訪れ、会合を持ち、議論し、協力できるかどうか評価するということです。例えば、ある都市には、現地のチームが運営するスペースがあります。そのメンバーは国外へ逃れず現地に残った人達で、そこには建物と庭があり、人々を受け入れ、会合を主催することができます。このスペースは、「ムジャワラ」の理念に非常に近いものです。つまり、地域社会に根ざし、信頼関係に基づき、社会的・政治的・文化的な活動に門戸が開かれ、様々な地域から来た同志達の会合を主催できる独立した場所です。だからこそ、私達は「ムジャワラ」キャンペーンの一環として、6月にそこで集会を開催する予定です。この集会を通じて、そのスペースを運営する人々についてより深く知り、シリアで私達が訪れた他の団体や場にも参加を呼び掛けます。一緒に料理をし、互いの経験や闘争の話を聞き合い、シリアの文脈において「The Peoples Want」ネットワークが果たし得る役割について話し合うことにしています。
また、私達は他の場所や団体を訪れ、意見交換も行いました。ある都市では、亡命先から帰国した古参の革命家達が新たな取り組みを始めています。それは、大人や子供達を対象とした政治的・社会的・文化的な活動を行う「アラブの家」です。6月には、この場所で、現地の活動家や、ハルツームの抵抗委員会のメンバーであるスーダンの同志を招き、スーダン革命に関する映画上映会と討論会を開催する予定です。亡命先だけでなく、シリア国内でこのような活動が可能になったことは、まさに夢の実現に他なりません。それは、私達のマニフェスト『現代における革命』の着想源となり、このネットワークにとって政治的な羅針盤のような役割を果たしている2つの革命的経験に関わった人々を繋ぐのです。
私達はダマスカス郊外のある場所を訪れました。そこはカフェがあり、周囲に広々としたスペースを備えた素敵なコミュニティセンターです。政権崩壊前は、そこで秘密裏に政治的な活動が行われていました。また、ダマスカス周辺の農村地帯では、食料主権や破壊された土地の再生に関わる農業プロジェクト・苗床・種子の収集活動も視察しました。北西部では、薬用植物や現地の知識に焦点を当てた、他の農業や女性による取り組みと連携しています。生態系に配慮した農業の取り組みは、政治が単なる声明からだけでなく、種から・水から・土地から始まることを示す明確な例となっています。
これら全ての場所で、私達は内部の組織体制や将来に向けた政治的ビジョンについて議論を重ねてきました。私達は、こうした取り組みをロマンチックな幻想として捉えませんでした。どの場所やプロジェクトにも、矛盾や問題、社会的・政治的な課題や限界が存在します。だからこそ、私達は「ムジャワラ」を、あるスペースに押し付ける承認印とは見なさず、むしろ信頼を築き、共に活動していくプロセスであると捉えています。
「The Peoples Want」ネットワーク参加者が地表のどこかに掲げた「ムジャワラ」キャンペーンの横断幕。
私達にとって重要なのは、自主的に組織された取り組みと繋がり、それを支援することであり、それらに取って代わったり、主導したりすることではありません。シリア人として、私達は、既成のプロジェクトを持ち込む組織や、支援者と受給者の関係を生み出す資金提供に、現地の人々がうんざりしていることを知っています。まず私達が尋ねるのは、「何が必要ですか?」です。どのように活動していますか?地域社会との関係はどのようなものですか?この場所は、異なる地域から来た人々を受け入れることができますか?それは、人々の物質的・政治的自治の構築に寄与していますか?
「ムジャワラ」とシリアとの繋がりは、次のような点に由来します。シリア革命そのものが、地域評議会から調整委員会・共同キッチンから野戦病院・被害者や行方不明者のための司法支援活動から農業プロジェクトや協同組合に至るまで、自主組織化に関する膨大な経験を生み出しました。今日、政権の崩壊と、これら全ての破壊を経て、「革命は続く」というスローガンを唱えるだけでは不充分です。問題は、どこでそれが続くのか、ということです。そして、具体的に誰がそれを担うのか。どの住宅で・農場で・図書館で・社会センターで・地域委員会で、あるいはシリア各地から集まった人々の会合の中で、それが続いていくのだろうか。
だからこそ、シリアにおいて「ムジャワラ」は、小規模ながらも実践的な一歩でなければなりません。つまり、長期にわたる相互支援のネットワークをいかに構築するかについて、皆で考えを巡らせる会合でなければならないのです。その目的は、「革命本部の開設」を宣言することではなく、長年の戦争と革命によって断絶した人々・地域・経験の繋がりの回復に寄与することにあるのです。
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付録:「ムジャワラ」の呼び掛け
以下に「ムジャワラ」キャンペーンを通じて6月を世界的な交流と繋がりの月とする呼び掛け文を転載する。
6月の1カ月間、国際主義的な組織化に是非ご参加ください!これは、各地のコミュニティや団体に向けて発せられる世界的な呼び掛けです。集会・行動・共同の宴・祝賀会・募金活動・デモ行進・犠牲となった人々を偲ぶ儀式などを開催しましょう。
その目的は、新たな国際的な繋がりを築き、互いの資源を持ち寄ることで、シリアとスーダンの革命家達による新たな共同スペースの創出を支援することです。
ムジャワラ:国境を越えた革命的な隣人関係を紡ぐ
再びリストから始めてもいいだろう。脅威のリスト・戦争のリスト・遮られた蜂起のリスト・未完の革命のリスト。全ての死者の、私達の死者のリスト。
しかし、誰もが知り、読み、目にし、感じていることを、何故わざわざ言うのか。世界は再び、権力への欲望と権力者達の強欲で荒廃させられている。
では、私達はどう歩み続けるのか?歓喜に沸く群衆・略奪された宮殿・私達の優しさの力を知っている私達。恐怖と無力感の前で、どう歩み続ける?革命家として、どう歩み続ける?
そこには「現実主義者」を名乗る冷笑家達がいる。彼等は、自らの弱さに苦悩し、目が眩み、私達に選択を迫る。自国民を虐殺する者達と、世界に対して宣戦布告することで自らの没落を先延ばしできると信じている者達とのどちらを選ぶのかと。
断念する人、希望を失う人。疲れ果て、諦めている。だが、いつの日か、また私達と共に立ち上がるかもしれない。
そして、そこに私達がいる。
嘆き悲しむ私達、脱力感を抱く私達、時に疑念を抱く私達。しかし、それでも諦めていない私達。羅針盤も、灯火も。愛する者達の仇を討つという希望も、夜の果てに夜明けを迎えるという希望も。
私達は、現在の衝撃に囚われたままではいない。抵抗し続ける人々をあらゆる場所で探し求める。何故なら覚えているからだ。私達の蜂起から、ある力が目覚めたことを。心は忘れがちでも、体は覚えている。
私達はこの力が今も尚、誰の目にも明らかな形で息づいているのを目にしている。それを担う海賊世代が世界に向かって叫ぶ――ゲームは終わっていないと。
ネパールの同志達が、議会を焼き尽くす炎の中で公然と再燃させたのは、まさにこの力である。セルビアの総会――何カ月にもわたって「下からの反乱」を組織してきたあの巨大な集会――の中で私達が垣間見たのも、まさにこの力である。また、イスラエル国防軍(IDF)による再三の避難命令にもかかわらず自らの土地に留まり続けるレバノンの村落住民達、爆撃の度に何度も作物を植え直すパレスチナの農民達にも、この力が宿っている。そして、戦争の中で生まれ、国内でも亡命先でも、革命の強力な抵抗委員会の役割を引き継ごうとするスーダンの緊急対応組織の中で私達が感じるのも、まさにこの力である。
ミャンマーやチアパスのジャングル・ウクライナの塹壕・ロジャラートの山々で、私達の同志達が揺るぎなく立ち続けるのは、まさにこの力のおかげだ。大量虐殺を犯すイスラエルに立ち向かうために出航する船の船首に翻るのも、この力である。そして、イラン・ミネアポリス・ペルー・インドネシア・フィリピン・モロッコ・マダガスカルで、自国民を憎むあらゆる政権が約束する死を、人々が繰り返し勇敢に受け止めようとする原動力も、まさにこの力なのだ。
そう、私達の力は実在する。それはまだ芽生えたばかりで、未完成で、断片的なものだが、確かに存在する。左右問わず、反革命勢力が私達に信じ込ませようとすることとは正反対に。そして、いかなる政党も、いかなる救世主も、私達の代わりにそれを一つに纏められはしない。
つまり、私達に課せられた使命とは、互いを探し求め、互いを認め合い、そして私達が集うことから生まれる可能性を、世界に向けて――そして私達自身に向けて――目に見える形にすることである。
これこそ私達が「ムジャワラ」と呼ぶものである。つまり、現代が抱える課題に直面して結束を保つのに充分な長さと強さを備えたロープを編み合わせることで、私達の努力と資源を結集するのである。私達は既に、あらゆる地域・あらゆる場所、そして私達の闘争から生まれた民衆の力を基に、この革命的な隣人関係を紡ぎ始めている。この「ムジャワラ」は、世界が経験するあらゆる震動に対する空虚な言葉や大仰な声明で成り立つものではない。それは、人知れず、来たるべき革命に通じるトンネルの中で築かれ、これからも築き続けられていく。
そして、その幕開けとして、国境を越えて広がるこの隣人関係を紡ぎ始めるために、私達は6月の1カ月間、5大陸にわたって一連の国際主義的な行動を展開する。その舞台となるのは、私達の蜂起の前後に生まれ、あらゆる困難にもかかわらず長年維持されてきた全ての場所である。すなわち、近隣評議会・自主運営スペース・社会センター・シェルター・共同農場・自主管理書店・協同組合などだ。
こうした実践は全て、私達が必要とするこの隣人関係を、物質的にも象徴的にも形にすることを可能にするだろう。例えば、集会・行動・共同の宴・祝賀会・募金活動・デモ行進・犠牲となった人々を偲ぶ儀式だ。
6月に私達が立ち上げるこの世界的相互扶助から、新たな場所が生まれ、より安全な道が切り拓かれ、屋根が修復され、新たな絆が結ばれるだろう。それら全てから、傷が癒やされ、新たな希望が芽生えるかもしれない。
この瞬間は、ほんの一歩に過ぎない――だが、それは決定的な一歩だ。この歩みが、ゆっくりと、しかし揺るぎなく、地に足のついた物質的な力を築いていく。地球の四隅に散らばる私達の新たな力の断片を結びつけながら。
以下に挙げる地名を幾度となく口にしてきた私達より:
台北、メキシコシティ、ナンシー、ベッカー高原、ベルリン、サンティアゴ゠デ゠チレ、ギャロウェイの丘、パリ/モントルイユ、ダマスカス、プロヴァンス、リムーザンの山地。